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大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)85号 判決 1967年4月18日

控訴人 大阪銅合金鋳物工業協同組合

右訴訟代理人弁護士 中村公男

被控訴人 株式会社富士銀行

右訴訟代理人弁護士 中務平吉

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

<省略>。

(一)  控訴人の主張

1  第一次的に甲第一、二号証(預金証書)に表示されている本件預金債権は二口ともに無記名債権であるという見解のもとに、控訴人は右甲号各証を善意取得した所持人として右預金の返還請求をする。

右預金債権が無記名債権である根拠は、

(イ)  一般に銀行が定めた無記名預金の取扱手続は「預金契約に当って銀行は印鑑届のみを徴求し、預金者は住所氏名の届出を要しない、預金証書には預金者の氏名を記載せず、証書面の適宜の箇所に「特別」なる字句を表示する。

伝票、記入帳等の預金者名欄も「特別」又は「無記名」と記入する。伝票には必ず証書の記、番号を記入しておく。払戻に際しては証書の裏面受領欄に預金者名を記載せず、届出印鑑と同一の印章を押捺の上提出せしめ、必ずこの証書と引換に払戻する」というものである。すなわち銀行は預金者の何人であるかを知らないで預金契約をする建前であり、印鑑届出人が誰であるかを問わぬのであるから、誰でも預金証書と届出印を押捺した受領書を提出すれば預金の払戻を受けられるのである。従ってこの預金証書は流通している。すなわち権利行使に必要な書類を交付すれば無記名預金の譲渡ができるのである。かようにして右二つの書類があれば権利の行使ができ、この書類の交付によって預金債権の譲渡ができるのであるから無記名預金は無記名債権と解するのが正しい。

(ロ)  被控訴人の主張によれば、本件各無記名預金契約に当り、被控訴銀行は預金者に対し、印鑑届の提出を要求せず、よって印鑑届は提出されていないというのであるからかかる預金債権は前記印鑑届出のある預金債権に比較し無記名債権であることは疑の余地がない。全国銀行協会が採択し、全国の銀行が実務上実施している取扱手続によればかかるばあい預金証書の提出のみで払戻がなされている。

(ハ)  無記名定期預金制度の開設に当り、大蔵省銀行局長の発した通牒に「無記名定期預金の譲渡または中途解約その他の行為に関しては通常の定期預金または金銭信託のばあいと同様の取扱をなすべき」趣旨の条項があるが、この通牒を根拠にこの種預金債権が一般の預金債権と同じく指名債権であると解すべきではない。通牒は無記名定期預金の性質の許す限度で通常の定期預金と同様の扱いをせよと云っているに過ぎない。仮りに右主張が理由ないとしても通牒は銀行局長より、銀行に対し行政指導のため発せられるものであって法律ではないから、預金者を拘束しない。銀行と預金者を拘束するのは当該預金契約内容である。

(ニ)  甲第一、二号証の裏面には預金約款として、記名式割増金付預金証書の約款が印刷されたままとなっているが、これは事務上の便益から右預金の用紙を流用し、唯、預金の名称の上に「特別」という表示を冠して区別したため、こうなっただけであり、右条項がそのまま本件預金契約の内容をなすものではない。右流用の用紙に記載してある条項中、無記名預金の性質に反しない部分のみ適用されるのである。従って甲第一、二号証に記載ある約款中、譲渡、質入の禁止、および、特記事項以外は一般の定期預金と同様の取扱をする旨の記載は本件預金契約内容には包含されない。

2  仮りに本件債権が指名債権であるとしても、これは単純な指名債権ではなく、権利の行使や譲渡に関しては無記名債権と同様に扱われるべきである。

3  仮りに右主張が何れも理由ないとするならば本件預金債権は何れも指名債権であり、原審において主張した日時に被控訴銀行と訴外片山スエノとの間に締結された契約により右訴外人を預金者として設定された預金債権であり、控訴人は昭和三二年三月二六日右訴外人より本件預金債権二口の譲渡を受け、かつ右訴外人は同年七月四日到達の書面で被控訴銀行に対し確定日付ある譲渡通知をした。よって右各債権の正当な譲受人として本件請求をする。

右預金債権については被控訴人主張の譲渡禁止の特約はなされていない、すなわち本件各預金契約に当って訴外片山スエノは預金債権の譲渡を禁ずる合意をしたことはない。

甲第一、二号証にそのような記載はあるがこれは前叙のごとく記名式の定期預金証書の用紙を流用したからであって、その部分は預金契約の内容をなさない。仮りに右片山と被控訴銀行との間にそのような合意があったとしても、かかる特約は銀行側にのみ有利な条件を強制することになるので信義則違反ないしは公序良俗違反として無効である。

(二)  被控訴人の主張

被控訴人は本件定期預金について印鑑届の提出を受けていない。証書を預金者片山末吉に交付した際印鑑届を貰うべきところ同人が来客と話中であり次回に貰うつもりで帰り次回にも貰えなかったが、そのまま忘れて貰えないままになった。しかしたまたま印鑑届を貰わなかったことの一事で本件預金証書が無記名証券に早替りするものではない。

債権譲渡禁止約款については銀行が永年に亘り全国的に莫大な取引をしているが未だ問題にされたことはない。預金者片山末吉は預金証書に書かれた右特約を有効なものとして預金したもので、その約款中右特約部分だけ無効として拒絶したこともない。したがって当事者双方ともこの預金が無制限に他に転転するようなことは考えておらず特定人から預り特定人に返還する趣旨であることを承知している。

(三)  証拠関係<省略>

理由

一、被控訴人が銀行業を営む会社であること、被控訴銀行今里支店が控訴人主張の二通の無記名定期預金証書を発行したことにつき当事者間に争いがない。

二、控訴人は右証書に記載された各預金債権が無記名債権であると主張し、被控訴人は指名債権であると争うのでこの点につき判断する。

成立に争いない甲第一、二号証、原審証人沢孫太郎(一、二回)・原審並びに当審証人丸本作夫(原審は一、二回)の各証言によると、右預金証書に記載された預金は無記名(特別)割増金付定期預金であり、一般定期預金には記名式と無記名式の用紙がそれぞれあるが割増金付定期預金には無記名式の用紙がないために記名式の用紙が使用されたこと、したがって右預金証書は預金者を示す宛名欄に「特別」と記入され裏面の規程と題する欄には割増金受領の際には所定の請求書に記名調印の上証書と共に差出すべき旨等割増金付による一般定期預金と相違する諸事項並びに本件預金は契約期日前に引出すことができず又被控訴人の承諾なくして譲渡質入することができずその他一般の定期預金と同様の取扱いをする旨の記載があり、元利金受領欄には「氏名」の文字が記載されていること、無記名定期預金に際しては預金者から印鑑届を提出させることになっているが本件においては預金者からこれを徴しなかったことが認められる。原審証人片山スエノ(一回)同森畑均(一、二回)の各証言中には右預金に際して預金者の印鑑を押捺して申込書を作成した旨の供述があるが前記証言と対比し信用できない。

そして右認定事実と成立に争いない乙第七号証と甲第二〇号証によると、本件各預金はいわゆる特別定期預金(無記名定期預金)に該当し、この種の預金は、「預け入れに当って預金者は住所氏名を銀行に知らせず、銀行も亦預金者の氏名、住所等によって預金者を特定する方法をとらず、預金証書および帳簿類には預金の記号、番号のみを記入し、預金者認識の一方法としておよび後記免責要件確保のため、預金者に対し予め印鑑届を提出させ、払戻に当っては預金証書と届出印鑑を呈示させて預金者確認の一方法とするとともに、これらを提出して払戻を求める者に対し銀行が払戻をしたときは同人が預金者でないばあいにも銀行は正当な権利者に払い戻したものとされ免責される。また特約によって預金債権の譲渡質入が禁ぜられている」ほかは一般定期預金と同一の扱いを受けるべき預金制度であることが認められ、右認定を左右する証拠はない。

そうすると本件各預金債権は到底無記名債権とは解しえられず、氏名が表示されないけれど債権者が特定した指名債権と解するのが正当である。

前記認定の本件預金契約の際、預金者から印鑑届の提出をさせなかった一事によって、本件無記名預金債権が無記名債権にその性質を変ずるものでない。

したがって控訴人の第一次的主張は理由がない。

三、つぎに控訴人は本件各預金債権は指名債権としても、無記名債権と同様の扱いを受けるべき旨主張するが、その理由が明らかでなく指名債権には無記名債権の法律効果を与えることはできず、右主張は採用できない。

四、そこで本件各預金債権の債権者(預金者)は訴外片山スエノであるとの控訴人主張について判断する。

成立に争いない甲第一一ないし第一三号証第一四号証の一第一五号証、原審証人片山スエノの供述(第一回)によって成立が認められる甲第一〇号証(ただし郵便官署作成の部分については成立に争いがない)、同証人の供述(第二回)によって成立が認められる甲第一六号証、原審証人小島金次(一、二回)原審並びに当審証人森畑均(原審は一、二回)同片山末吉同片山スエノ(原審は一、二回)の各証言は右主張に副うところがあるが、右片山スエノの証言中金一〇〇万円は自分がへそくったもので右金員を預金していたことがない旨の部分については、原審(一回)と当審とにおいて預金をしなかった理由について矛盾もあり、にわかに信用しがたいのみならず右各証拠は後記各証拠と対比するときは措信することができない。又その他右主張を認めるに足る証拠はない。

却って成立に争いない乙第二第三号証の各一、第六号証、第一七号証の一・五、原審並びに当審証人片山末吉、同丸本作夫の各供述(丸本については原審は一回)によって成立が認められる乙第一号証、原審並びに当審証人、丸本作夫の供述(原審は二回)によって成立が認められる乙第五号証、原審証人沢孫太郎(一、二回)原審並びに当審証人員佐野澄、同丸本作夫(丸本については原審は一、二回)の各証言を総合すると、「訴外会社(代表取締役片山末吉)は被控訴銀行と昭和三四年一一月一四日極度額一〇〇〇万円の手形取引契約を締結し、片山末吉は訴外会社の被控訴銀行に対し右取引により負担する債務につき連帯保証人となり、訴外会社は同日被控訴銀行に対する定期預金一〇〇万円を担保として金二四九万八七八二円の手形割引を受けた。ところが同月末になって訴外会社は更に金四〇〇万円の割引を依頼したので、被控訴銀行係員佐野澄同丸本作夫は右金額に見合う相当額の預金をしてほしいと要求したところ、片山末吉は訴外会社としては金一〇〇万円の預金よりできないが自分個人で金一〇〇万円の定期預金をする旨申出でたので、被控訴銀行もこれを承諾した。そして前記係員丸本作夫が同月二八日、二九日の二回に亘り訴外会社事務室で片山末吉から各金五〇万円を同人の定期預金として受取りその頃前記無記名定期預金証書二通を作成交付した。その後更に訴外会社に担保として金一〇〇万円の定期預金をさせ同年一二月一日訴外会社に対し和信商事株式会社振出の手形により金三六九万〇九〇〇円の割引を受けた」事実が認められる。

原審証人森畑均の証言(一、二回)中には「預金証書を預らずに預金をしたというだけで金を貸すことはない、預金を担保に金を貸すという場合証書を預り担保預り証を出す。会社が借りる場合は会社の定期預金を担保に入れた」旨の供述があり、成立に争いない甲第一七号証の一ないし五によると被控訴銀行は昭和三一年一一月一四日から昭和三二年三月二〇日まで五回に亘り訴外会社から定期預金を担保として受取っていることが認められ、本件定期預金は担保として差入れられた形跡はない。しかしこのことは本件定期預金が正式に担保とされなかったというだけで、預金者については前示認定を動かすに足るものではない。

そうすると預金者片山スエノから指名債権の譲渡を受けたことを前提とする控訴人の予備的主張はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。<以下省略>。

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